セラピストブログ

2026.11.15 「自分に愛を入れる」とは?自己犠牲をやめて「そうなんだね」と受け入れるまで

「愛を入れる」って、どういうこと?

2021年、文太ママさんと彩加さんがサロンを開設したばかりの頃。

私は文太ママさんのセッションを受けました。

そこで言われた言葉が、

「自分に愛を入れます」

当時の私は、「えっ、何のこっちゃ?」と本気で思っていました。

私にとって「愛」とは、誰かに与えるものであって、自分に与えるものだなんて、まったく想像もできなかったからです。


今思えば、私は「自分を後回しにすること」を、愛や優しさだと思っていました。

自分が我慢すればいい。

自分が頑張ればいい。

相手に与えることが、愛なんだと思っていた。


それは「自己犠牲」なんて名前ではなく、「優しさ」や「美徳」という顔をしていました。


それが、以前書いた「自己犠牲という偽りの優しさ」にもつながっていたんだと思います。

https://www.buntamama-therapy.jp/blog/detail/439


それでも、サロンで教わった通りに「愛を入れる」ことを続けてみました。

すると不思議なことに、胸のあたりがじんわりと温かくなり、愛が満ちていくような感覚とともに、不安が少しずつ消えていくのを感じました。

理屈は分からないけれど、体はちゃんと応えてくれている。

そんな日々を積み重ねて、今さらながら、ようやく本当に腑に落ちたんです。


「あぁ、愛を入れるって、『受け入れる』ってことなんだ。」


私たちは気づかないうちに、自分の感情や目の前の出来事をコントロールしようとしたり、変えようとしたりしてしまいます。

でも、「愛を入れる」というのは、その逆でした。

そこにあるものを、そのまま受け止めること。

何かをジャッジするのではなく、

「そうなんだね」

と認めること。

それこそが、自分への愛なのだと気づきました。

まずは「そうなんだね」。

それは、自分のドロドロした感情に対しても、大切な誰かに対しても同じです。

否定も、修正も、無理に前向きになろうとすることもせず、まずは「そうなんだね」と受け止める。

すると、キュッと閉じていた心が、じんわりとほどけていくような温かさが生まれます。

コントロールを手放して、ただ受け入れる。

それが、私にとって「自分に愛を入れる」ということでした。

昔の私は、「愛を入れる」という言葉の意味が、まったく分かりませんでした。

でも今なら、分かります。

「そうなんだね」

それが、自分に愛を入れることだったんだな、と。


「自分に愛を入れる」とは?自己犠牲をやめて「そうなんだね」と受け入れるまで