セラピストブログ

2026.11.01 私が「女性性」を否定していた理由

ずっと、母に「女性性」を否定されていたのではと思っていた。

最近、その根っこにあるものが分かってきた。

思い返せば、母は私が「大人の女」になっていくことに、驚くほど無関心だった。


中1の頃、胸が大きくなってきたけれど、どうしていいか分からず戸惑っていた私。

それを見かねた従姉妹が、自分の母親である伯母(母の姉)に相談してくれた。

伯母から母に話してくれて、ようやくブラジャーを買ってもらった。


中2の夏休みには、初潮が始まったかもしれないと母に告げた。

なのに母は、父と私を父方の祖母の家に帰省させるのを強行した。

自分が家で楽に過ごしたいから。

結局、帰省先で本格的に生理が始まり、戸惑う私を救ってくれたのは祖母だった。

祖母が生理用品を準備してくれて、お祝いまでしてくれた。


母は、無意識に私を娘ではなく女性のライバルとして見ていたと思う。

私が女性として成長していくことを、素直に喜べなかったのかもしれない。

娘を下に置くことで、安心したかったのかな。


そんなことを考えていたら、ふと思った。


これって、母に対する恨みなのかな?

自分の心に、そっと問いかけてみる。

「私は母の眼中にない、透明人間だった」そんな答えがきた。

悲しい?

いや、悲しくもない。

寂しい?

いや、寂しくもない。

ただ、

「やっぱり、母はそういう人だったんだな」

そう思った。

でもね。

私はずっと、母に期待していた。

母本人というより、私の中にある「理想の母」に。

こういう時は、こうしてくれるはず。

娘のことを、こう思ってくれるはず。

そんな母を、ずっと求めていたのかもしれない。

そう考えていると、なんか引っ掛かるな…。

もしかして、私が「女性であること」を否定している?


思い当たることがある…。


3歳の頃、私は性的なイタズラをされた。

当時は、ただただ気持ち悪いとしか思わなかった。

けれど、中学生になり、「何をされたのか」を理解してしまった。

それは、思い出すたびに叫びたくなるほどの傷だった。

誰にも言えず、ずっと封印していた。


それを初めて人に打ち明けたのは、文太ママさんと彩加さんがサロンをOPENしたばかりの頃だ。

初めて文太ママさんにヒプノセラピーを受け、このことを聞いてもらった。

私は口に出来た安堵で、号泣したのを覚えている。


それが、私にとって自己開示の始まりだった。

そこから少しずつ、自分のことを話せるようになった。


そして今、あの時のことを思い返してみる。

もしかして……。

だからか。

だから私、女性性を否定していたんだ。

体が変わっていき、女性として認識される恐怖と、それを大人に守ってもらえなかった記憶。

私、怖かったんだ。

あの時の私を抱きしめる。

怖かったね。

守ってほしかったね。

その言葉だけで、少しずつ落ち着いてくる。

私は自分にわかって欲しかったんだ。


先日、母に思い切って聞いてみた。

私「私の初潮の時、お祝いしてないよね?」

母「え〜、そんな大事な娘の初潮……」

考えている様子だった。

私「してないよね。バアちゃんが里でお祝いしてくれたもん」

やっぱり、母は覚えていなかった。


きっとブラジャーのことも、聞き返したところで覚えていないだろう。

母親に求めても、何も返ってこない。

でも、

「そんな人だよね」

そう認めている私は、意外に穏やかだった。


私は母に、私の中にある「理想の母」を求めていた。

それは理想であり、私の現実の母ではなかった。

母は子供っぽい。

この母だから、私は自立しようと思えた。

そして、私が女性性を否定していたからこそ、母を通して、私の女性性を否定されていることを見せてもらえた。

それに気づけたこと。

それが、今の私にとっての小さくて大きな一歩なのかもしれない。


そして今、こうして書くことで、傷ついた幼い日の私を少しずつ消化している。

このブログだけじゃない。

これまで書いてきたことも、全部そうだったのだと思う。


実は、この性的なイタズラのことを書いたのは、今年の3月頃。

その頃は、これを出すことにまだ躊躇があった。

でも今は、もう出せる。

自分を見つめることで、少しずつ癒やされてきたんだと思う。

これが、とても嬉しい自分の変化だ。

私が「女性性」を否定していた理由