セラピストブログ

2026.10.31 手放したはずなのに寂しくて堪らなくなった

息子が、結婚して九州へ行くことを思っていた。

寂しかった。

距離の問題もあるのだろうけれど、寂しさがどっと押し寄せてきた。

あれ?なぜまた?
私、もう手放したはずなんだけどな。

セラピストとしても、子どもを手放すことについて何度も向き合ってきた。

子離れの儀式のようなこともしたし、ヒプノもした。

そのたびにスッキリしてきた。

なのに、今になって、こんなにも寂しい。

31歳にもなる息子が九州へ行く。
それが寂しいなんて、今さら何言ってるの!

こんな気持ち感じてはいけない!

そんな『べきべき侍』が登場する(笑)


でも今回は、寂しさをどうにかしようとするのをやめて、とことん味わってみた。

子どもの頃の息子をたくさんイメージした。

大好き!
可愛い!

何度も叫んだ。何度でも伝えたかった。

私のところに一番に降りてきてくれた勇者くん。

繊細で、強さもあって。
こんな社会で生きるのは、しんどかっただろうね。

そんなふうに、彼を労った。

そして、ふと思い出した。

大学の途中から、息子はだんだん沈んでいった。

社会人になってからも、なかなか浮上できなかった。

毎日が辛そうで、笑わない。
目も虚ろだった。

会話すら、ろくにできない日々が続いていた。

そんな彼に、私はがっかりしていたというか、正直、うんざりしていた。

彼が寮に入ると決めたとき、ほっとした自分がいた。

もう、辛そうな彼を目の当たりにしなくて済む。

そう思った。

ああ、そうだ。

私は、逃げたんだ。

辛そうな息子と向き合う自分自身の勇気から、逃げた。

そんな言葉が浮かんだ。

そして、気づいた。

私は、逃げた自分を恥じていたんだ。

ずっと、どこかにそんな思いがあったのかもしれない。

「甘ったれんな! 出てけ!」

もし、そんなふうに私から追い出していたのなら、こんな背徳感や罪悪感はなかったのかもしれない。

でも、そうじゃなかった。

逃げた自分がいた。

その自分を、恥じていた。

ただ、それに気づいた。

逃げた自分もそれを恥ていた自分も。

「ああ、私はそうだったんだな」

ただ、認めた。

すると、あれほど押し寄せていた寂しさが、スルスルと溶けて散っていった。

不思議だった。

何度も子離れに向き合って、そのたびにスッキリしてきた。

それなのに、今、またこんな気づきがあった。

今までの癒しが足りなかったのだろうか。

いや、そういうことでもない気がする。

今回のことは、子離れができていなかったという話でも、手放しが足りなかったという話でもない。

ただ、今回、私は自分の中にあったものに気づいた。

そして、それを認めた。

それだけだった。

自分を責めているときって、案外、自分のことをちゃんと見ていないのかもしれない。

「こんな自分じゃダメ」
「こんなことを思うなんて、ひどい」
「もっとちゃんとしなきゃ」

そんなふうに、自分に判決を下すことに忙しくて。

でも、自分の中にあるものを、良いも悪いも決めずに眺めてみたら、思いがけないものが見つかることもある。

もちろん、誰もが同じようになるわけじゃない。

私に起きたことが、誰かにそのまま当てはまるとも思っていない。

ただ、もし今、自分の中にある感情に苦しんでいる人がいたら。

それを無理になくそうとしなくてもいいのかもしれない。

前向きにならなくてもいい。
きれいな意味づけをしなくてもいい。

自分の中に、こんな気持ちがあったんだな。

そんなふうに気づくだけの時間があってもいい。

私は今回、そんな体験をした。

さて。

九州へ行く息子。

私が死ぬまでにあと何回あなたと会うんだろう。

子育て期は当たり前に毎日一緒に過ごしたのにね。

やっぱり寂しいよ(笑)。

でも、その寂しさも、今はそのままでいい。

大好きな勇者くん。

あなたの人生を、あなたらしく歩いていってね。

母は母で、私の人生を歩いていくよ。



内観やヒプノセラピーを通してこんなことを感じたり気づいたりしている私です。

良かったらあなたの話を聴かせてください😊

あなたの気持ちや感情を一緒に眺めてみませんか?





手放したはずなのに寂しくて堪らなくなった