2026.12.01 「不安癖」は親から受け継いだ?|「最悪の想定」を「覚悟」に変える
「不安癖を辿ったら母がいた😐」
子供の頃、親から言われた忘れられない言葉はありませんか?
私の場合、それは、
「常に心配していた方がいい。油断したら大変なことが起こる」
という刷り込みでした😨
母はいつも不安に飲み込まれ、その恐怖から突然怒り出すような人でした。
私は子どもながらに、母の機嫌や空気を察知しながら過ごしていました。
喜怒哀楽、全部丸出し…それが母です。
自由だなー😆
でも、不安が強い。
ある日、母は美容室の店長さんに言われた言葉を、まるでお守りのように口にするようになります。
「心配なことを想定しておけば、実際に起こっても対処できる。」
こう、店長さんは母に自分の経験からお話ししてくれました。
私は今でも、この店長さんが伝えたかったのは「覚悟」のことだったんじゃないかと思っています。
でも母は、その言葉を、
「最悪のことを、常に頭に置いておけばいい、すると最悪は起こらない」
という意味で受け取ってしまいました。
(すごく変わってる😓)
人って、自分が受け取れる範囲で言葉を受け取るんですよね😞
母は「想定」はしても、「では、どう動くか」は考えませんでした😑
不安だからこそ、最悪をイメージすることで難を逃れようとした。
不安だからこそ、「最悪の想定」というお守りに縋ったのに、不安は消えるどころか、最悪なことをイメージすることで、ますます大きくなっていったのです😨
子どもだった私は、ずっと違和感を抱いていました。
「何か、受け取り方が違う気がする…」🤨
今なら、その理由が分かります。
「最悪の事態もあるかもしれない」と考えることと、
「もしそうなったら、私はどうする?」と考えること。
同じように最悪を想定していても、全然違うんですよね。
でもね。
最悪を考えていたって、想定外のことは起こる。
「あれ?
じゃあ、最悪を想定しておけば安心って、どういうことなんだろう?」
そう思ったんです。
誰だって、自分の想定外のことが起こると、一瞬パニックになります。
そのときに、不安や恐怖にそのまま飲み込まれるのか。
それとも、いったん立ち止まって、
「じゃあ、私はどうする?」
と考えるのか。
私は、ここが大事なんじゃないかなと思うんです。
前者は、ただ怯え続けることになる。
後者は、
「そうなったら、こうしよう」
と、自分の足元に戻ってこられる。
私はこれが、「覚悟」なんじゃないかなと思うんです。
最悪を考えることが悪いんじゃない。
それでも、想定外は起こる😞
だから、そこから、
「じゃあ、私はどうする?」
まで考える。
それができると、不安に飲み込まれずに済むんですよね。
この、親から受け継いだ不安の癖も、
「あ、また不安を先取りしたな😲」
と気づけば、そこで一旦止まれる🙂↕️
怯えるために最悪を想像するのではなく、
前へ進むために覚悟を決める。
私は、その違いを知ってから、少しずつ生きるのが楽になりました