セラピストブログ

2026.05.03 ①現実から目を背けたい私

私には時々、現実逃避したくてわざと明るく振る舞ったり、

楽しいことに没頭してみたりする癖がある😂💦

自分でも自覚している。

私は元々、行動したり何かを決断するのは早い方だ。

でも、そんな私が、どうしても足が止まってしまう時がある。

そして動機が“逃げ”の時は決まって、別の私が耳元で囁く。

「いつまでも逃げてるんじゃないよ」

「さっさと行動しろ!」って。


時にはその声に従って重い腰を上げる。

でもやっぱり——

どうしても「逃げたい自分」もいるのだ。

「直視したくないもの」から、目を背けたくなる私がいる。

それでも——

否応なしに、その現実はやってくる。

向き合わざるを得ないタイミングは、必ず訪れる。


そしてついに、その「見たくなかった現実」の一つがやってきた😅

もう、ネトフリの画面の中に逃げ込んでいる場合ではなくなった。

もっと観ていたかったのに~🤣

追い詰められると、私の行動は早い🥷


私は一体何から逃げたいのか。


現実を直視するのが怖いとき、怖いのは「現実そのもの」ではなく、

それを見たときに自分が感じるであろう“痛み”だ。


内観していくと、見えてきたのは——

一歩踏み出し、もし結果が出なかったら。

そのときに押し寄せてくる「自分への絶望」と「どうにもならない感覚」に、

飲み込まれてしまいそうなのだ。

だから私は、それを感じないようにするために、現実から目をそらしていた。


さらに奥を見ると、

「どうしたらいいかわからない。動いても、どうにもならないんじゃないか」

そんな諦めもあった。

そして——

その先にある“最悪のケース”を想像するのが怖かった。

「直視するのが痛い現実」を前にすると、

私の中に広がる悲しみ、絶望、無力感・・・。

とにかくそこに向き合うのが怖いのだ。


その感情に飲み込まれないように、心はそっとシャッターを下ろす。

対処する代わりに、ネトフリを見たり、

楽しいことに没頭したりして、自分を煙に巻く。

私は“無意識”に、でもある意味“わかっていて”避けていた。

そんな逃げ腰な自分を、正論を振りかざすもう一人の自分が追いかけてくる。

これ、自分の中に「逃走犯」と「熱血デカ」が同時にいる感じ😅💦


逃げたい私は必死にドラマを再生し、熱血デカは背後からリモコンを取り上げようとする。

…いや、どんなハードなトレーニングなんだ😭


でも、そうやって自分を保たなければ、やっていけないからだ。

動けないのは、怠慢だからじゃない。

それほどまでに「心」が、必死に自分を守ろうとしていたから。

全部、私が私を守るためにやっていたことだった。


現実逃避も、悪いものではない。

それは、痛みや不安をやわらげるための“心の鎮痛剤”のようなもので。

その奥には、まだ見たくない感情が、静かに残っているだけなのだ。


だから私は、責めるのをやめて、声をかけてみた。

「逃げたくなるほど、怖くて辛かったんだよね」

「明るく振る舞ってもいい。ネトフリを見てもいいよ。

それはあなたが壊れないように、ちゃんと自分で調整していた証拠なんだよ」

そうやって自分を受け入れて、さらに問いかけてみた。

「それはどこから来てるの?」

すると——

ふと、ある記憶が蘇ってきた。


以前にも思い出して癒したつもりだったけれど、どうやら表面的なものだった。

「本当は知りたい。でも、知るのが怖い。

もうこれ以上、何も考えたくない」

そう言って目と耳を塞いでいる、小学生の頃の私だ。


私が本当に怖かったのは、「現実」ではなく、

そのときに湧き上がる“感情”だったのだ。


(②へつづく)

①現実から目を背けたい私