2026.05.04 ② 野良犬エリーのこと
私が小学生の頃。
田舎では、野良犬が当たり前のようにいて、保健所の人が捕まえに来る――
そんな時代だった。
近所に、真っ白な野良犬がいた。
友達と一緒に、給食の残りのパンをあげたり、空き地に段ボールで小屋を作ったりして、
私たちはその子を可愛がっていた。
赤いボロボロの首輪をつけていたその子に、「エリー」と名前をつけた。
おとなしくて、とても優しい子だった。
ある日、エリーは子犬を5匹産んだ。
私たちは1匹ずつ家に連れて帰り、親を説得して、それぞれ飼うことにした。
私が選んだのは、一番小さくて弱々しそうな茶色の女の子。
「メリー」と名付けたその子は、エリーのように優しくて、14歳まで大切な家族として生きてくれた。
エリーは、ときどきメリーに会いに来ていた。
しっぽを振って、ただ挨拶するだけ。
吠えることも、噛むこともない、本当に穏やかな子だった。
メリーも、エリーが来ると、嬉しそうにしっぽを振っていた。
でも――
私はだんだん、そんなエリーの存在を鬱陶しく感じるようになっていた。
今思えば、あれはきっと、やきもちだったんだと思う。
メリーを取られてしまうような、そんな気持ちだった。
本当は――私たちの方が、エリーから子どもを引き離したのに。
ある日、大人たちの会話が耳に入った。
「また子どもを産んだら大変だから、保健所に引き取ってもらおう」
数日後――
学校から帰ると、近所に保健所のトラックが止まっていた。
抵抗しないエリーが、そのまま荷台に乗せられていく。
私は、それを遠くから見ていた。
子どもの私には、それが何を意味するのか、はっきりとはわからなかった。
でも――
どこかで、わかっていたんだと思う。
もう戻ってこないかもしれないこと。
もう会えないかもしれないこと。
胸の奥に残ったのは、言葉にできない後味の悪さと、どうしようもない不安と恐怖。
「エリーは大丈夫だよね…」
そうやって自分に言い聞かせながら、泣きたい気持ちを誰にも悟られないように、
ただ荷台の上のエリーを見ているしかなかった。
だって――
子どもの私には、どうすることもできないとわかっていたからだ。
そして何より――
私も、エリーのことを邪魔者扱いしていたじゃないか。
(と・・・ここで、「いつまでもエリーを使って、悲劇のヒロインぶってるんじゃねーよ!」
と言う熱血デカの声が・・・😅これは一旦さておき)
それでも、あの時の“私の感情”も、置き去りにはしたくない。
不安、無力感、恐怖、絶望、罪悪感、自己嫌悪――
いろんな感情が一気に押し寄せてきた。
「エリーは、保健所に行ったらどうなるの?」
その一言を、最後まで母に聞くことができなかった。
真実を知るのが、怖くて仕方なかったから。
大人になってから、当時の保健所の現実を知った。
その事実を知ったとき、私は一瞬、エリーのことを思い出した。
でも――
それ以上は、考えないようにした。
思い出したくなかったから。
あの時も――
「エリーはきっと大丈夫だよね」
そう言い聞かせて、目の前のエリーから目をそらした。
本当は、不安で怖くて泣きたくて仕方なかったのに。
エリーが感じただろう恐怖も、その先にあった現実も、
あの頃の私には、重すぎて抱えきれなかった。
そこから目を背けることで、精いっぱい自分を守ったんだ。
……あぁ。
思い出しただけでも、今も涙が出てくる。
あの時の私の隣に座って、一緒になって泣いた。
だから今、もう一度。
あの時の私のところへ行って、ちゃんと癒してあげたいと思った。
③へ続く