セラピストブログ

2026.04.17 母の呪縛

 セラピストの桜耶です。

久しぶりのブログ更新です。

今回また母のことを書きました。




もう大体抜けたと思っている母のこと。

それでも時々モヤモヤすることがある。

それが思いがけず結構大きかったりする。


先日、実家に行った時のこと。

母が「壊れた家電が増えてきたから捨てたい」というので、掃除機とか電気ストーブは金属の日に捨てたらいいみたいよ、と教えるついでに「家電じゃなくてももう不要なものは捨てたら?」と言ってみた。


実は以前、物が溢れかえっている実家のミニマム化を図ろうと、同じことを提案したことがある。

その時は「アタシが死んでからにしてくれ!!!」と物凄い抵抗と激昂されただけで終わってしまった。以来、片付けについては口を出さないように留意していたのだ。


しかしあれから10年以上の年月が経ち、80代半ばを過ぎてそろそろ終活も始めてくれなきゃね?という気持ちで聞いてみたら、斜め上の答えが返ってきた。


母曰く「片付けの何が大変かって要るものと要らないものに分別するのが1番大変なんだ。アンタは(私が死んだら)分別しないで全部捨てりゃあいいんだから楽でしょ」


えーっ⁉️何この人😱

自分は生前何にもやらないで全部私に押し付けようとしている⁉️信じられない‼️


断捨離とは自分と向き合うこと。


母は自分と向き合うことをしたくないのだ。

自分と向き合うという、成長には欠かせない行為を拒否している。


ああやっぱり、人ってそんなに簡単に変わらないんだな。

それをまざまざと見せつけられて、私は怒りに打ち震えた。

母をボコボコにしてやりたい気持ちでいっぱいになった。

本当にやるせなかった。


結局母は私のことなんてどうでもいいのだ。

無償の愛とは程遠いのだ。


怒りの向こうには孤独や寂しさが置き去りになっていた。

きっと私の潜在意識は母に無償の愛を求めていたのだろう。


幼少期の記憶は、どこに地雷があるか分からない母に理不尽に怒られている自分。途方に暮れていた。

そしてそれは幼少期から、さらに前世に繋がっていた。


前世の私は明治か大正辺りの庶民の小さな女の子で、理不尽な母の怒りをじっとやり過ごしていた。


その理不尽な母は今世での母と同じ人だった。


「ああ、私って前世でも同じことやってたのね」


そして母も。


ごめんね。私はもう同じことやりたくないよ。

ここから離脱するよ。

あなた(母親)は気が済むまでやってていいよ。


さよなら。



私は母と決別する。

母の呪縛