2026.04.03 無力という名の本当の自由
最近、ニュースで流れてくるある大学付属高校の事故
その文字を目にした瞬間、私の心は言いようのない「ザワザワ」に包まれました
記憶の蓋が開いたのは、次男が高3で不登校だった頃のこと
当時、憧れの学校(例のニュースの学校です)の説明会の案内があり、次男を連れ出したことがありました
「家から出さなきゃ」「どうにかしなきゃ」
必死だった私の横で、説明会での良い先生との出会いに一瞬、次男が浮上したように見えたのです
でも、それは次男自身の希望ではなく、私の「期待」に応えようとした姿でした
私の「期待」と、それが叶わない「ガッカリ」
次男の「自分への失望」
私たちは親子で、お互いに「失望」を共有し、苦しんでいたのです
このザワザワを筑紫野瑠美さんに癒して貰いました
次男は、勉強も何でもできる「神童」のような子でした
劣等生だった私は、どこかで「私の子なのにすごい、この子なら大丈夫」と過信し、本当の姿を見ていなかった
だからこそ、不登校になった彼を見て、私は猛烈な自責の念に駆られました
「ちゃんと育てられない自分が恥ずかしい」
「隠さなきゃ、後ろ指を指される」
この「恥ずかしい」「隠したい」という痛みの根っこ
それは、小学校3年生の私の記憶に繋がっていました
盲腸で入院していた、9歳の私
父には愛人がいて、母はいつも不機嫌で、家の中では喧嘩ばかり
近所の目が恥ずかしくてたまらなかった私にとって、誰も私を知らない病院は「天国」でした
けれど、その平穏は一瞬で崩れます
病室にお見舞いに来た父と母が大喧嘩を始め、父が作ってきた味噌汁を母がぶちまけたのです😱
優しい看護師さんたちに、我が家の「両親が不仲」という恥部がバレてしまった🥺
その時感じた猛烈な羞恥心が、大人になった私の「不登校の息子を隠したい」という感情と重なっていました
セッションを通じて、幼い私に声をかけました
「ちゃんとしなきゃ」と頑張ってきたけれど、子供にはどうしようもないことがある
本当に、私は何もできない「ポンコツ」なんだ😢
そう答えたとき、筑紫野さんから衝撃的な言葉が返ってきました
「何もしない、できない無力を体感すること。それがあなたの人生設計だったんだよ」😳
そこに繋がる前世も見えました
腕の良い金職人だったけれど、嫉妬され、腕を使えないようにされた無力な私
魔女として迫害され、最後は手柄を立てて勲章をもらったけれど、褒められることが「分不相応」だと恥じ入っていた私
私はずっと、「自分には価値がない」と思い込むことで、無力でいようとしてきました
「私は無力。それでいい」
そう心から認めた瞬間、心が軽くなりました
私が無力だから、次男に「期待」という重石を乗せて、勝手に「ガッカリ」していた
次男は、私の期待に応えようとして苦しんでいた
高3の次男に話しかけます
「次男、私の期待に応えようとしてくれて、今まで協力してくれてありがとう。もう、いいんだよ」
次男は不登校だった。ただそれだけ
恥ずかしくない
彼がどうあっても、私の価値は変わらないし、彼の人生は彼のもの
「無力」を認めることは、自分を諦めることではありませんでした
ありのままの自分と息子を愛するための、優しい赦しと自分に告げる「降参」でした
「降参」した先にあったのは、次男への感謝でした😭
そして、無力とはとても自由だった🙂↕️✨
「どうにかしなきゃ」と頑張るほど、空回りして自分を責めてしまう…
その苦しさの裏側には、幼い頃に深く傷ついたインナーチャイルドや、魂が刻んできた「思い込み」が隠れているかもしれません
私も「無力な自分」を認めることは、実はとても勇気がいることでした
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