2025.12.14 平穏なのに満たされていない思い
今、私は悩みもなく、平穏な毎日を送っている。
気持ちが大きく揺さぶられることもなく、
怒りや悲しみ、苦しみといった強い感情も湧いてこない。
それはとても穏やかで、安定している状態のはずなのに、
なぜか同時に
「大きな喜び」や「深い幸せ」を実感できていない自分もいた。
平穏すぎることへの、言葉にならない違和感。
満たされているはずなのに、どこか物足りない感覚。
そんな時、館のセラピストさんが引いてくれたカードから
「自己防衛」「安全な場所から出たくない」
という言葉を受け取った。
それを聞いて、
「あぁ、確かにそうかもしれない」と思った。
何かが足りない気がする。
こんなにのんびりしていて、本当にいいのだろうか。
このまま止まっていていいの?
何かしなきゃいけないんじゃない?
なんか物足りない、なんか落ち着かない・・・って、
日々の幸せを“感じること”を、どこかで止めていた私がいた。
そんなある日、知り合いの美容師さんから聞いた「美味しいワサビ」が欲しくなって、
近所のスーパーに早速探しに行ったのだが、そこには置いてなかった。
がっかりしながら夫に話したところ、早速その日のうちにわざわざ車で探して買ってきてくれた。
それだけのことだけど、私はワサビ一つで凄く嬉しくなって🤣
大きな喜びと、夫への感謝の気持ちが心の奥から湧いてきた✨
「小さな出来事でも、こんなに心が動くんだ」
「ワサビ一つでウキウキしたり、幸せ~!って感じられるんだ」
そう気づいた時、
今のこの日常の中に、すでにたくさんの幸せがあったことを
もう一度、再確認することができた✨✨✨
幸せって、ちゃんと身の回りにあって、
私はもう受け取っていたんだ。
一つ一つ実感しながら生きていくことすっかり忘れてたわ💦
でも‥‥
この平穏で幸せな場所から一歩外に出ようとすると、
私の中に出てきたのは
「怖い」「不安だ」という感情だった。
これは、
過去、思い切って色んな人と会ったときに色々トラブルがあり、
それを失敗体験として、まだ無意識に刻まれていたんじゃないかってこと。
自分は軽率で浅はかな行動をとっていたんじゃないか、人とのトラブルはもう懲り懲りだという気持ち😅
また、安全な場所から出た瞬間に誘拐され命を奪われた前世からも来ていた。
そしてもう一つ、
今の私に強く影響していたのが、子どもの頃の体験だった。
私の父はとてもせっかちな人で、
「早く!早く!」が当たり前。
私や母がのんびりしていると、すぐにイライラして不機嫌になる人だった。
外食中にゆっくり食べていると
「早くしろ!もう帰るぞ!」
買い物中に迷っていると
「まだか?」
子どもの私は、そこで学習した。
のんびりしていると父は不機嫌になる=私は危険
↓
テキパキ動くと父は機嫌が悪くならない=私は傷つかなくてすむし、安全
だから「急ぐ」ことは、
小さな私にとって上手に生き延びるための知恵になった。
そんな私とは正反対なのが、私の娘である次女。
時間に追われても焦ることなく、
自分のペースを崩さず、淡々と生きている。
こちらが「早くしなきゃ」と内心ざわついていても、
彼女は変わらない。
そんな次女に、私は時々イラっとしていた。
でもそれは、
私ができなかった生き方を、娘が自然にしていたからだ。
急がなくても
空気を読まなくても
自分のペースを守っても
それでも「存在している」姿。
それを見て、
私の中の小さな子が反応していた。
私は、そうしてはいけなかった。
私は、急がないと父に見てもらえなかった。
その寂しさ、羨ましさが
イラっとした感情になって表に出ていただけだった。
思い出すのは、父とのこと。
父は仕事の出張が多く、月の半分は家にいなかった。
たまの休みの日曜日は、
家で会社の人を呼んで麻雀をするか、
夫婦そろってパチンコ屋へ行くか、どちらかだった。
家におじさんたちが集まり、
父たちが楽しそうに麻雀をしている。
賑やかで、笑い声が飛び交っていて、
その雰囲気はどこかワクワクして、私も嬉しかった。
パチンコ屋でも同じ。
両親は台に夢中で、
小さな私と弟は、そのそばでただ一緒に待っていた。
そのうち退屈になって店内をうろうろし、
床に落ちているパチンコ玉を拾って父に渡すと、
父は満面の笑みで褒めてくれた。
その瞬間、私の中で何かが結びついた。
「役に立てば、父は喜んでくれる」
「頑張ったら、私を見てもらえる」
「父に褒められる=私は愛されてる」
父とつながっていることを、はっきり感じられた瞬間だった。
それからというもの、私と弟は競うように、必死でパチンコ玉を拾って集めた。
今思えば、なんて健気な子だったんだろう…🤣
勘違いにもほどがある😂💦
父が喜んで褒めてくれることで、自分の承認欲求を満たし、
私は役に立っていると実感することに自分の存在価値を見出してた。
でも、本当は——
とても寂しかった。
父には、
ずっと近づきにくい距離を感じていた。
そばにいても、
心は遠くにあるような感覚。
話しかけていいのか分からない。
甘えていいのかも分からない。
滅多に家にいない父と、
たまの休みくらいは一緒に遊んでほしかった。
公園にも行きたかったし、動物園にも連れて行ってほしかった。
父に、私がここにいることをちゃんと見てほしかった。
役に立たなくても、何かをしなくても、私という存在そのものを愛してほしかった。
ただ、それだけだった。
今、私はもう
「急がないと、誰かの役に立たないと愛されない世界」にはいない。
急がなくても、誰の役に立たなくても
私の存在価値は何一つ変わらない。
ただここにいるだけでいいんだ。
平穏は、退屈でも停滞でもなく、ようやくたどり着いた安心の場所だ。
そして
「何かしていなきゃ」
「早く、早く」
という声は、父の声であり、同時に幼い私の声でもあったんだなと気づいて、腑に落ちた。
今の私は、安心安全だとわかっているし、自分で対処していける。
急がなくても、自分のペースで歩んいい。
勇気を出して、外の世界に飛び出そう。
(と言いつつ、どこへ⁈ってのがまだあるけど🤣)
まずは身近なことからコツコツとやっていこう😂
今のあなたも、
何かを証明しなくても、
もう十分ここにいていい。
もしよければ、今この瞬間、体の感覚に意識を向けてみてください。
力が入っているのは、身体のどこでしょう。
(ちなみに私はいつも肩に力が入っていました)
その力は、本当に今も必要でしょうか。
「もう頑張らなくていいよ」
そんな言葉を、誰かに言ってもらいたくなる時があります。
もし今、
「もう少し楽に生きたい」
「今の状況から、少し抜け出したい」
「もっと自分らしく、幸せを感じて生きたい」
そんな想いが心に浮かんだなら――
どうか、その感覚を大切にしてあげてください。
無理に前向きにならなくてもいい。
無理に消そうとしなくてもいい。
その気持ちがあること自体が、自分の中の大切なサインなのだと思います。
私たちセラピストは、あなたのペースを何より大切にしながら、静かにお話を伺います。
安心できる場所で、ほっと力を抜く時間を🍀
もしあなたが一歩を踏み出したくなったとき、その背中に、そっと寄り添えたら嬉しいです。
館にて、お待ちしています。
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