2026.05.18 “穏便に済ませたい”の正体
最近、目の前の家に新しい家族が引っ越してきた。
引っ越してきた当初、しばらく路駐が続いていた。
どんな人が引っ越してきたのかも分からなかったが、
「引越しで親戚の人とかが来てるのかな」 「そのうち落ち着くだろう」 くらいに軽く考えていた。
1週間ほど経った頃、そのご家族が挨拶に来られた。
その時、「いつも路駐してすみません」と声をかけてくれた。
話を聞けば、車は2台あるけれど、家の駐車場は1台分しかなく、
今近くに駐車場を探しているらしい。「見つかるまで、すみません」とのことだった。
挨拶にも来てくれて、しかも路駐のことも本人たちなりに気にかけていた様子だった。
うちの前の道路は、車が2台ギリギリすれ違えるくらいの幅。
しかも、うちの車庫は真っ直ぐ入れるタイプではなく、少し斜めに振りながら入れないといけない。
だから、片方だけの路駐なら、反対側に車を振れば何とか入れられる。
でも実は、うちの左斜め前の家も、よく路駐をする。
だから、両方の家が路駐すると、振るスペースがなくなって、車庫入れがかなり難しくなるのだ。
私たちはその時、
「大丈夫ですよ〜。でも、お隣の家の方も結構路駐されることがあって、2台とも停まっていると、
うちの車の出入りが難しくなるので、その時はチャイム鳴らさせてもらうかもしれません」
と笑顔で伝えた。
すると次の日から、少し車をずらしてくれるようになって、以前よりはスムーズになった。
だから私は、「ちゃんと話が通じる人なんだな」と思ったし、
ご夫婦ともとても感じの良い人たちだったので安心していた。
小学高学年の次男君は、野球チームに入っているようで、学校から帰ってくると、
家の車庫の戸に向かって、毎日のようにバッティング練習をしている。
「ドン!」「バン!」という音が、夜遅くまで住宅街に響く。
その時も私は、「野球頑張ってるな〜。元気だな〜」くらいにしか思っていなくて、
正直、ボールさえうちの車にぶつけなければ、まぁいいか、くらいに思っていた。
そんなある日。 我が家の目の前の両方の家が路駐していて、車庫入れにかなり苦労した日があった。
どちらかの家のチャイムを鳴らして、車を少しずらしてもらえばよかったのだが、
その時は旦那が家から出てきてくれて、代わりに車庫に入れてくれた。
でも、何度も車を切り返して、本当に大変そうだった。
旦那は路駐にかなりムッとしていて、「次にこんなことがあったら、警察に通報するわ」と言っていた。
私はその時、「そこまでしなくても…」と、少し大袈裟に感じていた。
もしまた同じことがあったとしても、いきなり警察に通報するより、
まずは直接、やんわり伝えた方がいいんじゃないかな、と言った。
でもその一方で、両方の家が路駐しているせいで、車庫入れに苦労したのは、
正直、私もストレスを感じていた。
そして先日の夜のこと。 また、いつものようにバッティングの音が響いていた。
しばらくして音が鳴りやんだので、あれ?って思っていたら、旦那が満足そうな顔で言った。
「そこのご主人もいたから、ちょっと音がうるさいですよ〜。
ネットでも付けたらどうですかね?って伝えといたよ」
だって😂💦
相手に怒鳴ったり、ムッとした顔で言ったわけではないだろう……😅
ただ、その話を聞いて、私は少し心がざわついたのだ。
「近所同士なのに、これから関係が悪くなったらどうしよう」
できれば、揉めたくない。
できれば、気まずくなりたくない。
これからずっと、毎日ではないにしろ、近所同士で顔を合わせていく関係だ。
だから私は、なるべくトラブルにならないよう、穏便に事を済ませたかった。
でも、この“穏便に済ませたい”という感覚。
よくよく内側を見ていくと、ただ平和主義なだけじゃなかった。
人と人の空気が悪くなること。
関係性がギクシャクすること。
その場にピリッとした空気が流れること。
それ自体に、少し不安を感じている自分に気がついた。
あぁ、平穏な空気を壊したくない、多少自分が我慢しても波風立てずに済むならその方がいい……って、
私のインナーチャイルドが反応しているんだわ、と。
今まで、内観したり、ヒプノで自分を癒やす作業をコツコツしてきた。
おかげで、そこまで感情が大きく揺れることはなくなった。
でも今回、「あぁ、またやってるわー😂」って思った。
壊れるのが怖いから、必死に場の空気を読もうとする癖。
まるで、子ども時代の我が家の空気を、目の前で再現しているかのようだった。
たまに、まだ癒やしきれていない部分を確認するかのように、
周りでちょっとした出来事が起きることもある。
もちろん、昔に比べるとずっと軽いし、些細なことだ。
感情が前ほど大きく揺さぶられなくなったことは、本当に嬉しい✨
でも、小さくザワッと反応したってことは、まだ癒やしきれていない感情が、そこに残っているってことだ。
私が子どもの頃、父と母は、しょっちゅう夫婦喧嘩をしていた。
たまに手が出たりすることもあったけど💦
怒鳴る父。
強い口調で言い返す母。
そのうち、母は泣き出す。
そして喧嘩の後で、母はよく私に聞いてきた。
「もし、お母さんがお父さんと別れたら、あなたはどうする?」
私は、「そんなこと言わないで」と縋るように答えたこともあれば、
あまりのしんどさに「そんなに嫌なら、別れてもいいよ」と答えたこともある。
「お父さんとお母さん、どっちについていく?」と聞かれて、
「どっちも嫌だ」と答えたこともあった。
それでも、本心ではお父さんとお母さんには別れてほしくなくて、
家の空気が悪くなるたびに、「私が何とかしなきゃ」って、子どもの私は必死だった。
(ここでも背負い癖😂💦)
気づけば私は、いつも両親の“仲裁役”になっていた。
2人に、「もう喧嘩しないで!」と言ったり、シクシク泣いてる母を慰めたり。
その場を明るくしようと、冗談を言って笑わせたり、母の愚痴を聞いてあげたり。
何とか家庭の空気がよくなるようにって、必死に家族の平和を守ろうとしていた。
その一方で、どこか冷めた目で見ている私もいた。
「こんな大人にはなりたくない」そう強く思いながら。
それほどまでに、私は家族が壊れてしまうのが凄く怖かったのだ😭
そしてその根っこには、もっと幼い頃に体験した、強い恐怖があった。
父と母が怒鳴り合い、皿や物を投げ合い、色んなものが激しく壊れていった、あの光景。
子どもの私にとって、それは本当に恐怖でしかなかった。
私は小さな弟をぎゅっと抱き締めながら、命の危険すら感じていた。
ただ嵐が過ぎ去るのを耐えるしかなかった。
今思えば、この時から、弟のチック症状が始まっていた。
だから私は、“人と人が揉めて、空気が悪くなること”そのものに対して、
人一倍敏感になってしまったのだろう。
頭では分かっている。
今の旦那は、理不尽に怒鳴ったわけでも、喧嘩をしたわけでもない。
「大人の健全なコミュニケーション」として、困っていることを普通にご近所さんに伝えただけだ(多分😂💦)。
でも、私のインナーチャイルドが過去の恐怖と重ね合わせて、勝手にザワついてしまったのだ。
でも、どちらか一方が我慢し続けて成り立つ“平穏な空気”なんて、やっぱり少し違う。
困っていることは、角が立たない程度に、やんわり伝えたらいい。
もちろん、話の通じない相手なら毅然とした対応が必要だけど、
目の前のご家族は、ちゃんと伝えれば配慮してくれる、まともなご家族なんだと思っている。
あれ以降、まだお会いしていないけれど💦
今度見かけたら、こちらから笑顔で話しかけてみようと思う😆✨
あなたにも、こんな経験はありませんか?
「人の顔色や、その場のピリピリした空気を察知しすぎて疲れてしまう」
「自分がちょっと我慢すれば丸く収まる、とつい身を引いてしまう」
「身近な人が誰かに意見を言っているのを見るだけで、なぜか自分がハラハラしてしまう」
本当は大したことじゃないはずなのに、なぜか心がざわつく瞬間。
その時、反応しているのは、今のあなたではなく、 あなたのインナーチャイルドかもしれません。
「もう、あの頃みたいに怯えなくて大丈夫だよ」
って、今のあなたが気づいて声をかけてあげるだけで、そのざわつきは少しずつ、小さくなっていきます。
心の反応には、すべてちゃんとした理由があります。
その奥にいる“小さなあなた”の声を、私と一緒に見にいってみませんか?
まずはお気軽に、あなたのお話を聞かせてくださいね。
セッションでお待ちしています。