2025.12.01 11/29(いい肉の日)
11月29日
今日は「いい肉の日」
そう聞いてしまったらやっぱりおにくが食べたくなってきた。
だけど今夜は既に冬瓜をストーブにのせてクツクツいっている。
自分の心に聞いてみると「お肉が食べたい」が圧勝❣️
「お肉❣️お肉❣️」とウキウキしている自分と「せっかく作ったのにとしょんぼり悲しそうな自分。
2人の自分が同時に顔を出している。
しょげている自分に向き合い
「今夜はお肉が食べたい」と伝えるとため息混じりに「わかったよ」と返してくれた。
でもその姿はどこか悲しそう。
そっと抱き寄せ背中をさすりながら
「作ってくれてありがとう。
お陰で明日の手間が1つ減って助かったよ。」
そう声かけると複雑そうな笑顔をみせた。
その時ふと思った。
ーあぁ、この笑顔。昔やってたものだ。
旦那さんが夜遅く帰宅して用意していた晩御飯には手をつけず、別のものを出して食べる。
そんな事が度重なり毎日「今日はどうする?」と確認しても結局たべないことも多く。かと思えば突然「今から数人とウチで呑む」との連絡。多い時は17人来たことも。
その度「良い奥さん」を頑張っていた。今なら「ウチは居酒屋じゃねーよ‼️」と言うところだ。
でも当時は
「仕方ないよね」と自分の本音を蓋をしていた。
「良い奥さん」をする為に自分の本音に蓋をすることはもっと前からやっていた。
幼稚園年長の頃、2〜3歳のいとこ達をよく任されていた。
泣かせない様にごきげをうか、無邪気に叩かれても「小さい子だから仕方ない」と我慢していた。
今なら真剣に「やめろ!」と言うところだが当時は
「良いお姉ちゃんをしなくては」「褒められたい」そんな気持ちが根底にあった。それと同時に感情を出すことをどこか諦めている自分もいた。
その小さな私を抱きしめてみると
「本当はしたくなかった‼️」と泣きだした。 膝にのせて声かけた。
「その気持ちを伝えてくれてありがとう。大変だったね。
よく頑張ったよ!自分で上手くやり切ったよ。
もう終わりでいいよ。十分やった!」
目の前の小さな私がホッとしているのが伝わってきた。そこで「子守りしたくない。と言いに行こう」と促す。
小さな私は少しドキドキしながら「子守りは嫌だ!したくない!」と伝えて戻ってくるとスッキリした笑顔で
「言えた」と教えてくれた。
2人で一頻り讃えあい、心が落ち着いていく。
小さな私に愛を入れると、晩御飯問題から悲しさで揺さぶられていた昔の私に成長した。
しかしその姿は一本芯の入ったもので旦那さんに向かって静かに、毅然と宣言した。
「特別メニューは作らない。」
「残り物は弁当に入れる」
「ウチは居酒屋じゃない」
そう言いきると胸の奥の霧が晴れていった。
「よく頑張ってたよ私。こうやって家庭を支えていたんだね。おつかれさま。
十分にやったからもう安心して終わっていいよ。」
そう伝えると力が抜け自信と余裕を感じることができた。
昔の私と今の私が向かい合って暫く語り合う。ほどよいところで愛を入れ改めて聞いてみた。
「今夜はお肉食べたい。」「そうだね。何にする?」
「寒いからお鍋がいいな。」「それいいね。」
最初悲しさと作り笑顔はなくなり目の前の私と意見一致で今夜は鍋に決定🍲🎵
心に素直になった時のご飯は気分も味も格別ですよ。
みなさんも宜しければ試してみて下さい🎵❣️