2025.11.25 影の私に花束を💐
セラピストのsaraです。
先月お誕生日を迎えました。
誕生日とは、ただ年を重ねるだけの日だと思っていました。
けれど、今年の誕生日は静かに、確かに私の内側を揺らしひとつの「影」に光を届けてくれました。
主人と息子、そして義母が、前から行ってみたかったレストランを予約してお祝いしてくれました。
穏やかな時間の終わりに、デザートが、運ばれ、その後大きな花束が手渡されました。
━━それは義母からの贈り物でした💐
驚く私に、義母は語り始めました。
「息子と結婚してくれてありがとう(旦那は12歳年下)
あなたが頑張ってくれたから、ここまでやってこれたのよ、
よく孫を産んでくれたわね(デキ婚)
そして預けてくれてありがとう(美容師なので土日も仕事で旦那と息子は毎週実家に帰る)」
「義父が亡くなって20日後に生まれた孫。
悲しんでいる暇なんてなかったのよ孫が希望の光になってくれたの。
すごく楽しくて幸せな時間だったわ。
あなたにもいつかそんな思いを味わって欲しいの。」
その言葉は想像以上に深く胸に届きました。
息子は今年大学生になり、子育てが一区切りついたタイミング。
義母の言葉とともに手渡された花束は″表舞台の私″ではなく、
長い間誰にも気づかれずに頑張ってきた″影の私″に向けられたものだと気づきました。
仕事をしている私は分かりやすく輝ける存在です。
役に立っている実感もあり、評価も得られる場所。
そこにいる私は、自分の価値をはっきりと感じられます。
けれど、家庭での私は、誰にも評価されない場所で淡々と日々を積み重ねていました。
朝起きて朝ごはんを作り、子供を送り出し、仕事に行き、夕飯を作る息子の世話をしながら散らかった部屋を片付けて…。
旦那は夜遅くに帰ってくる、ほとんどワンオペの毎日。
どれが正解なのか分からないまま、迷いながらでも、それでも休まず続けてきた日々がありました。
その″影の私″を義母はずっと見てくれていたのでした。
影の私を認められた瞬間、思いもよらず涙が溢れてきました。
完璧でなくても、迷いながらでも、間違っていたとしてもそれで良かったのだと…
この日初めて心の底からそう思えたのです。
家に帰ってから、私は″影の私″に手紙を書きました。
深く深呼吸をしてあの頃の自分のを思い浮かべ 感情をもう一度味わって
「よく頑張ったね」
「偉かったね」
「私がちゃんと見てたよ」
「もう全部抱え込まなくていいんだよ、自由に生きていいんだよ、」
「もう自分を犠牲にしなくていいよ。」
今まで頑張ってきたことも、大変だったことも、全肯定した手紙。
その手紙をイメージの中で花束と一緒に″影の私″に渡しました。
嬉しそうに微笑む影の私は、その花束をしっかりと胸に抱きしめて受け取ってくれました。
私たちはつい″表の自分″ばかりを評価してしまいがちです。
けれど、本当の癒しや自己受容は、光の当たらなかった″影の自分″に優しく手を伸ばした時に、そっと始まります。
どうぞ時々、影の自分へお手紙を書いてみてください。
日々を懸命に生きてきたその存在に、優しい言葉をかけてあげてください。
胸に抱きめして自分自身を認めてあげてください。
今回義母の花束を通して影の私にスポットが当たり、深い癒しが起こりました。
昔の私は自己肯定感が低く、影の自分は見ないようにしていた存在。
でも振り返ると、全ては必要なプロセスでした。
たくさんの気づきと経験が、今の私をつくってくれたのです。
影の私今まで本当に ありがとう!
心から━━感謝━━
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
また、心のひらくままに書いていこうとおもいます。