セラピストブログ

2026.01.04 一心同体?

明けましておめでとうございます。🎍


旧年中はお世話になりましたが、本年度もよろしくお願いいたします。


年末にふとしたことで館の仲間に指摘していただいた話です。


よろしければどうぞ。

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母との話です。


私は幼い頃より母と二人三脚で生きてきました。


父親は、呑む打つ買うをやり通して亡くなりました。


晩年は、元気がなくなった所為なのか定かではありませんけど、シルバー人材で85歳まで働いていました。


こんな父親なので、母とはいつも喧嘩ばかりです。生活費を碌に入れないのに、遊ぶ金がなくなると母に寄越せと言う素敵人でした。


なぜこんなのと母は離婚しなかったのか。


まー、保身ですよね。


独りで子供を育てるのが大変なのと、母の母(祖母)が『お前(母)が選んだ男なのだから離婚してはならぬ』と言われてたから離婚出来ないのだと幼い私によく言っていました。


離婚しないから家庭円満にする努力しろよと常々思っていた幼少期でしたが、心の中で『私がいるから離婚できないんだ』と己を責めることもしていました。


現実逃避(母の地元から遠く離れた地にいたので、頼る人もいない状況)の為、酒に溺れる母、父は遠くで働いていたので自分勝手私も詰んだ状態で生きていました。


幼い私は母の言うことを聞かないと生きていられないと刷り込んでいましたし、母からも刷り込まれていました。


母のご機嫌を損ねちゃ駄目、母の言うことは絶対で私の正義なのだと思い込むのです。


こんな生活を数十年していれば、母と私の境界線など皆無なのですね。


父母はとうに他界し、私は一人っ子なので誰も残っていません。


自由の身なのに、未だ母の言葉を忠実に守っていました。


母が亡くなった年にサロンに入りましたが、自分のガチガチな魂をほぐす為にセラピスト養成講座を受けました。


癒しを重ねて母の持つ怒りを自分の怒りと思っていたところを分離したり、インナーチャイルドを癒したりしてかなり癒されたと思っていましたが、まだ残っていました。


と言うか、死ぬまで癒しだと実感しまし

た。


今度は記憶ですよ、記憶。


私の記憶に母の言葉が重なって、鮮明な記憶として残っていたのです。


ママさんと仲間に「それ、お母さんの記憶じゃない?」と言われて気づきましたが、言われた時の気持ちは『そ、そんなバカな😨』でした。


母子分離をしたこともあるのに、まだ母が背中にべったりくっついていたとは!!


幼い私の記憶に母の記憶が入り込み境目がない状態で、これは私の?母の?と悩むぐらいです。


母はすでにこの世にいないのです。


母の記憶は母に返し、「お母さんありがとう。あなたのお陰でここまで来れたし、強くなれた。でも、もう必要ないからこれは返すね。私は自分の力で生きていけるよ」と愛を贈りました。


私のものは私のもの。

母のものは、母のもの。


幼い私と母が二人三脚で生きてきた辛いことも嬉しいことも、私の中の記憶だから消さなくて良いしそのままを愛せば良いのですね。


こうやって手放していき、軽くなれることに感謝しかありません。


あれほどまでに辛かった幼少期の記憶も、思い出しても辛くないのです。


癒しとは、解放なのだとつくづく実感した年末でした。



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長い文章をお読みいただきまして、ありがとうございました。🙏


私にあなたの悩みを話してみませんか?


お待ちしています。😊







一心同体?