文太ママ&彩加のブログ

2026.08.11 失敗も笑いに変えて【文太ママ】

最近の私は ヤバい・・・。


体重を計るのが習慣になっている私は、いつものように体重計に乗った。

そしたら電池切れなのか、体重が表示されない。

体重計をひっくり返して、電池を確認する。

入っていたのは、単4電池4つだった。


「単4、単4・・・」と口ずさみながら、すぐ隣のリビングに行く。

リビングに入った所で、違う所が目に入り、電池の事なんか すっかり忘れて、全然違う事をやり始めた。

そしてそのまま忘れていた。


思い出したのは、三日後の事。

百均ショップにいて、売り物の電池をたまたま見掛けて「そういえば!」と思い出したのだ😅

完全に忘れていたよ・・・。

ヤベーじゃん・・・私・・・大丈夫か???


最近はこんな事が増えて来て、もう諦めたというか、「年だな・・・」と悟ったというか・・・😂



昔の私だったら、そんな事は許せなくて😅

すんごい責めてたもんだ。


自分の中からの 罵倒の声。責める声。馬鹿にする声など・・・。

それはもう バリエーション豊かだった。

何より 忘れたりミスする自分が許せなくて、そりゃもうイライラしてたな。



これは以前書いた「内なる批判者」な訳で、これが苦しかった。


これらの声は 母だったり 父だったり 祖母の声で それぞれやって来た。

主に罵倒の声は母の声で来た。

「何やってんの!?ホントに!馬鹿じゃないの!とろくさい!!」


「とろくさい」というのは 方言で、「手際が悪い」とか「のろま」とか「グズグズするな」という意味で使われる侮蔑の言葉だ。

私は小さい頃、よく母から「あんたはとろくさい」と言われたっけ。


しかし、私は知っている。

この言葉を誰よりも言われて来たのは 母自身だった。

 

人は 自分が育ったように 子供を育てるものだ。

こうして「負の連鎖」は続くのね。


父の声で再生されるのは、馬鹿にしたように鼻でフッと笑った後に

「オマエなんか何をやってもダメだ」

という言葉だな。


父は子供の私を見下げる事で 「オレの方が上だ」とささやかなプライドを満たす。

人を下げなきゃ保てないプライドなんて、本物のプライドじゃないんだけどね。

これは父の自己肯定感の低さから 来るものだ。

ホント 小っせえ男だな!


祖母は以前も書いたが、「早く!早く!」と追い立てる言葉が良く再生された。

でもこんなミスをした時には、母と同じく罵倒の言葉に変わる。

なんせこの祖母は 母を育てた人だからね!

罵倒の元祖は この人なのよ!😂


親を早くに亡くし、親戚をたらい回しにされて育った祖母は、温かい家庭を知らずに 家庭を持った。

だからか、祖母から温かい言葉や励ましの言葉を 聞いたことがない。

我慢するしかない環境で 育ったんだろうと想像できる。


だから祖母が 家族に向ける言葉は 自分がかつて向けられて来た言葉だっただろうね。

それを母も 受け継いだね。

負の遺産だわ。😅


若い頃の私の脳内は 常に音声多重で 罵声や追い立てる言葉、嘲笑、責め立てられる言葉で溢れ返っていた。


そしてそれをまた私は 無意識に 脳内で再生し続けていたのよね。

そりゃ 病むよね・・・。😅


おかげで「しっかりしてるね」と思われるくらいには なったと思う。

でも 幸せじゃないのよ。

だって、いつも緊張してるからね。

気を張っていなければ生きていけない状態なんだもの。


そして、その「内なる声」を抱えたまま、「内なる批判者」をあぶり出すかのように

現実が容赦なく 来てたっけ。

この世は仮想現実だから、「批判」するべく 現実を使って あれやこれやと再現されていく。

マジで いろいろあったわ・・・。


今はもう 一つ一つ手放し、すっかり解放されて楽になって よかった!😂

本当に 今は気持ちが楽だもの。

だから冒頭の事があっても 笑い事で済む。

百均ショップで思い出した時、私はゲラゲラ笑ってた。


他にも 動画の配信のタイミングを間違えたり、いろいろ勘違いする事もあるし、うっかりする事もある。

でも「人間なんだから しゃーない。人間だから完璧じゃないし!」と大らかな気持ちでいれる。

今の私は 責める事はしない。


しかも私の周りにいる 旦那も娘も わりと「やらかし」が多いタイプの人間だ!😂

それも今の私は 大らかに受けとめられる。


私の中では 「わざとでなければ最初の失敗は怒らない」事にしている。

しちゃった事は しょうがないよね。

責めた所で 慌てたり 萎縮する事で、むしろ失敗の重ね掛けを呼びそうだ。


それよりも大事なのは、「次はどうするか」なんだと思う。

必ず失敗の原因があるのだから、それを繰り返さないようにする事が 大切だよね。 


ちなみに私の中では「命にかかわる事」以外なら 「テキトーでいいや」と思っている所もあるので

少々のミスも私の中では「ノーカウント」になっていたりする。🤣🤣🤣


冒頭の 電池の事をすっかり忘れていた事は、私的には

「はー😂面白かった🤣」くらいの出来事になっている。


そんな私だから 「やらかす」旦那や娘のしてる事は、私にとって「笑いの提供」に過ぎなかったりする。



そう思うと、昔に比べて 自分責めから解放されただけでなく

「怒り」の沸点も だいぶ低くなったと思う。

むしろ「笑いに変えられている」事で 毎日が楽しいかな。

本当に 穏やかな気持ちでいられるので、これが「幸せ」なんだよなあと思う。



でも、もし・・・私がまだ癒されず 自分を責め、苦しさから 心の余裕がなかったら・・・。


自分の被害者意識から 旦那や娘を罵り、馬鹿にし、怒ってばかりで・・・。

これは 周りが離れていくだろうな。

誰も寄り付かず、話しかけても来ないんだろうな。

きっと寂しい晩年になるね。



私は「癒す」という事を知って 本当によかった。

だからこそ、「癒す」大切さ、「癒す」事で得られる喜びや幸せを 知って欲しいと思うんだよね。


その気持ちが 私の原動力になっている。



生き辛いと思う人、苦しい思いを抱いている人、損な役回りばかりしている人、なんだか苦労ばかりしてる人・・・。

どんな方にも 楽になって欲しいと願っている。

そしてまだ「苦しい」と思ってる人がいたら、「きっと そんな日が来ますよ」と伝えたい。



今回も長文にお付き合いくださって、ありがとうございました。



失敗も笑いに変えて【文太ママ】