2025.12.22 亡き母の夢が解放してくれたもの
亡き母の夢が解放してくれたもの
夢の話の前に母について少し
20年前、母は突然帰らぬ人となった。自宅の湯船の中で。
超、超、自己中のモラ夫に振り回された一生。
「もう限界!さよなら〜」そう言って手を振って上がっていったように、私には思えた。
以前のブログにも書いたが
私にとって母は非力な被害者であり、そしてそれを救えなかったのは私である。
その『悔い』が、ずっと心の中に沈んでいた。
実は家族の誰にも言っていないのだが、私はその数ヶ月前に母に手紙を渡していて、それが引き金となりこの事態を招いたような、つまり母との別れを早めたような….そんなふうにも感じていた。
便箋2枚のその手紙は実家に滞在した時に布団の中で書いたもので
「もうお母さんを諦めるよ」という宣言みたいな内容だった。
糖尿病を患い眼の手術までした母に対し、労わるどころか相変わらずわがまま放題の父。俺の食事の時間はそばにいろ!薬なんて飲まなくて良い!あれやれ!コレやれ!
そんな様子を見兼ねた私は以下のように綴ったのだった。
我が家に来たらどうか?私が夫を説得する。そうしないと治るものも治らない。
このまま母を置いていくことは、みすみす病状の悪化を見過ごす事になる。それでも母がこのままで良いと決めたなら、私は母を諦めるしかないのだと。簡単にするとこんな文面。
翌日この手紙を読み終えた母は
しばらく考えていた様子で
「ありがとう」と幸せを噛みしめるように言った。かと思ったらにわかに神妙な面持ちでその提案を断ってきたのだ。
母の口からは、嫁の勤めだの、一緒に暮らしている兄が困るだろうだの、そんな昭和一桁らしい思考停止な言葉が漏れ出たような記憶はあるが、
なんだかんだ言って仲の良い時もある夫婦で、母は父のルックスに惚れていた一面もある。
とはいえ、その本心は娘の私には推測するしかない。
「このままここに居る」という理由の大部分は、『娘に迷惑をかけたくない』なのだと、私は謎の確信として受け取った。実際今現在もそう思っている。
しかし、これが私の後悔に拍車をかけているのかもしれないなぁ。
そして、ここからが夢のお話
そんな私が夢を見た。
不思議なことに母は滅多に夢に出てこないのに、その日は妙に鮮明な、しかも短い1シーンだけの、ヘンテコな夢。
四畳半ほどのフローリング
そこにガターンと大きな音と共に倒れ込む母の姿。
頬を抑えてうずくまっていたが、よろよろと立ち上がる。
私は何事かと驚いてかけよると、
そこに1人の男が勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。
スポーツ刈りでダンゴ鼻、見るからに下品な男だ!コイツがお母さんを殴ったのだ。
私「お母さん大丈夫?だれ?この人?」
母「お父さんでしょ」
私「え〜?お父さんじゃないよ!」
母「あ〜あのお父さんは死んだでしょ?」
私「え〜?うそ、いつ?」
母「交通事故で」
私「………」
ここで夢から覚めた。
いやな夢だ、夢で良かったとホッとした瞬間に思い出した。
そういえば、父は私が誕生して間も無く交通事故に遭ったと聞いたことがある。
そうか〜!
この夢は父が死んで継父が来たという世界線を見せてくれたのだ。
にしてもだ!
すっごい下品なブ男だった💦
妻を殴っておいてのニヤニヤ顔!
最低だ!吐き気がする。
こんなんなら、お父さんのほうが全然マシじゃーん💢
そしてもっと怒りが湧いたのは母に対してだ。
殴られても私が悪いみたいな態度はなんだよ!
奥村チヨかよ?※
結局、お母さんは誰と結婚しても、この可哀想な女をやるのね?
やりたいのね?魂は。
自分の人生を誰かに預けてその中で小さな幸せを見つけたり、不幸を嘆いたり….…結局はやるのね?
夢から覚めた私はこんなふうに天井に向かって問いかけて、
そして、ふと笑いが込み上げた。
「アホらし」🤭
振り返れば物心ついた時から、母は守るべき存在だった。私がなんとかしなくちゃ、と生きてきた。
亡くなった後も、胸に沈めていた後悔の念
「母を救えなかった、諦めてしまった」
は、胃の辺りからモヤモヤと立ち昇り天井を抜けて、そして消えて行った。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
皆様は不可解な夢、予知夢などありますか?
夢の話とその解釈について、もしよろしければわたしにも聞かせてください。
※昭和44年のヒット曲『恋の奴隷』
の歌詞
「悪い時は、どうぞぶって〜ね〜、あなた好みのあなた好みの女になりたぁあい〜」
